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カートリッジのはなし2 中川 伸

 無線と実験の6月号(2016年5月10日発売)をご覧になった方はご存知だと思いますが、フィデリックスは空芯MCカートリッジを作ろうとしています。それも2機種です。私は長い間、空芯MCを愛用してきました。それは鉄芯入りのMCだとどうしても音が硬く強めの傾向になるからです。そのことがオーディオでは効果的なこともありますが、音楽は必ずしも強い場面だけではなく、静かで情緒あふれる曲もあります。例えばパミーナのアリアコリントの包囲のような曲には硬くて強過ぎる音は似合わないのです。ここはうんと丁寧で澄んだピアニッシモが聴きたいのです。こういう場面は空芯ならではの繊細でしなやかな表現力が生かされます。

 空芯構造の代表的なものとしてはカンチレバーを通るタイプとダイレクトカップリングです。もちろんダイレクトカップリングの方が優れているのは間違いありません。私はスタックスでCP-XやCP-Yに関わり、フィデリックスでは1990年にCP-VAを作りました。みんなコンデンサーカートリッジでカンチレバーの先端部分での変換なのでその良さは十分に理解しております。そんな訳で、今、ダイレクトカップリングも計画中ですが、同時にカンチレバーを通るタイプも作ろうとしています。何故かと言えば、ダイレクトカップリングは良さも悪さも出しすぎる傾向があります。ですから、優れた録音で盤の状態が良いと非常にすばらしい結果が得られますが、雑な録音や傷んだレコードだとその悪さも出し過ぎてしまいます。そのような場合は、カンチレバーを通ることで少しだけ丸くなるので聴きやすくはなります。これは経験上から来た2種類を作る理由です。

 写真の説明 1990年に製作困難のため、たった5個で終わったCP-VA。右下の小さい金属片が可動電極。

 写真の説明 入力換算雑音電圧-156dBV(IHFA)は現行製品でほぼトップ性能のLEGGIERO

 さて、空芯MCカートリッジというのは私が使う限りLEGGIEROのイコライザーなどローレベルに最大限の注意を払っていますので、リボン型であっても低音の力感など何ら問題ありません。しかし、世の中の評価としては必ずしも空芯が評価されている訳では有りません。最大の理由は出力電圧が低いので増幅系の能力からして本領が発揮されにくいのです。フィデリックスのLEGGIERO(\185,000)では、その空芯MCを生かすべく超ローノイズは当然として、ローレベルでの再現性を向上させるべく、ギガオームの入力インピーダンス、入力カップリングコンデンサーの排除、信号系の完全ケミコンレス化、非磁性化、オールJFET、クラスAなどといろいろなノウハウを投入しています。因みにこの入力換算雑音電圧-156dBV(IHFA)は現行製品ではほぼトップの性能です。
 しかし一般の条件においては出力電圧が高いこととインピーダンスが低いことは増幅系の8難を隠します。そこで私が空芯MCを作るとなると、普通の条件においても適合性を高めるためには出力電圧を上げなくてはなりません。それには発電の基本原理を見直して改善する必要があります。今はシミュレーションソフトが使えますので、磁気ギャップから赤線に沿って下がった場合の磁束密度を調べてみました。マグネットはネオジムでヨークはパーメンジュールで先端は飽和しています。以外にも緩やかな磁束変化なので、この結果からすれば、ギャップで挟む量は浅めで良く、かつ出力電圧を大きくしながらも針圧変化による出力電圧のリニアリティーの良い形状として、長円と円形の中間付近を選びました。これにより長円に比べて20%ほど出力電圧が上げられそうです。カンチレバーを通るタイプもコイル形状とマグネット配置などを見直しますが、非常に頭の良い設計例を知っていますので、これをベースにします。

 先ずは針先形状ですが、理論的にはカッター針に近い鋭い形状ほど忠実度が上がります。しかし、レコードの内周までには汚れが付いて歪みやすくもなります。丸針は汚れを埋めていきながらトレースするので、安定なのですが、微細なニュアンスが出にくく大雑把にもなりがちです。妥協点として、鋭すぎないLINEコンタクトを考えております。これも経験上から来たことです。カンチレバーは、いろんな材質のものを使った経緯があり、ダイヤ、ルビー、ボロン、ベリリウム、アルミなどです。物理的に良さそうな材質は寒色系の音色になりがちです。しかしアルミでも好きなカートリッジはたくさんありますし、アルミが好きなカートリッジ屋さんも実は結構いらっしゃいます。ですからカンチレバーの材質は決定的な要因とまでは考えておりませんが、第一候補はアルミです。

 写真の説明 左からダイヤ、ルビー、ボロン4個、ベリリウム3個で全てが空芯MC

 コンデンサーカートリッジを作った経験からすれば、テンションワイヤーのフリーの部分の長さこそが非常に大きな要因でした。短いと元気は良いのですが、かん高くもなりがちです。長すぎると地味で大人しくなります。針先で拾うCP-VAでさえこうでしたから、この長さは非常に重要です。多分、各メーカーも重要なノウハウにしていると思います。ダンパーへの圧力や材質も非常に大切ですが今では材質の選択肢はとても狭いです。針圧は1gを下回るとスクラッチノイズが増え、2gを超えると大味になり始めます。予想の針先等価質量からして、1.5gから2gが目標です。私が好むカートリッジもこの辺に分布しております。さて、最も困難なのはプリントコイルですが、微細構造を売りにしている何社かに当たりましたが、難し過ぎると断られました。でも、熱心な所が歩留まりは悪そうですが、チャレンジしてくれることになりました。横幅は僅か1.8mmですが10%でも合格すれば御の字です。

 実はこの方式には大きな欠点もあります。強い磁界が針の直ぐ上にあるので、何年か使っていると砂鉄のようなものがコイルの隙間に吸い寄せられ貯まってきます。すると音が歪み始め、そのうちに動かなくなり音が出なくなると同時に、レコードを傷めます。名人が掃除をすれば復帰しますが、慣れないと壊してしまいます。私は何度も掃除をしているので、もう名人級です。MC-L1000やIKEDA9をお持ちでお困りの方はフィデリックスへご一報下さい。そこで今回はそういう問題の対策を講じました。発電部とは別に強力マグネットを設け、そちら側で砂鉄を吸着させるので、マグクリーンと名付け、特許も出願済(特願2016-132887)です。先頭写真の一番左のカートリッジの先端にある円柱が吸着用のネオジムマグネットです。ボディは強固にしないと低音楽器の輪郭がボケて音程も不明瞭になりがちですが、今は硬い金属でもNCマシンで上手く削れます。こういった設計製作には3DCADが何とも便利です。予想価格は歩留まりによりますがダイレクトピックアップのMC-F1000は約\250,000、カンチレバーを通るタイプのMC-G10は約\150,000を予定しています。慌てないでしっかりチューニングしたいので発売時期は年末位です。

 おまけ レコードの掃除方法  私はレコードの掃除にVPIの16.5を重宝しております。これを使うと歪みが減りとても快適なのでもう手放せません。更に良いことは針も減らなくなります。面倒に感じて使わなかった時の針寿命は500時間くらいでしたが、まめに使うようにしてからは減る気配が有りません。たぶん、2000時間以上は持ちそうです。でもそれなりに高価だし、場所も取りますのであくまでも応急処置的な方法をご紹介いたします。使う液はイソプロピルアルコール(薬局で注文)を精製水で5倍位に薄め、台所洗剤のジョイを数滴垂らします。これをレコードの溝部分に振りかけ、ブラシで均一に伸ばします。ライオン社のPRO TECという頭皮洗浄用ブラシの白いタイプも良いでしょうし、先の細い歯ブラシの先端を並べて作っても良いでしょう。液の吸い取りにはケルヒャーのWV 75 plusを17cmの吸い口にして使います。
 これらの作業はレコードを傷付けないようソフトなターンテーブルシート上で行ってください。とにかく洗うと洗わないでは大違いです。針の掃除はブラシタイプが一般的ですが、オンゾウラボのスタイラスクリーナーのような粘着タイプもなかなか効果的です。私はクッション付きの両面テープをプラスティックの台紙に貼って同様のものを作りました。そのままでは粘着力が強すぎて怖いので指先の油をつけるなどして弱めてから使っています。ヘッドシェルの角度は上にストローを乗せると拡大されるので見やすいですし、薄い鏡を使っても良いです。これらはあくまでも応急処置としての位置付けなので、当然なから自己責任で行って下さい。(2016年6月16日)

  
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