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オーディオアンプにおけるノイズの話3 中川 伸

お陰様でMC-F1000は大好評ですが、少しだけ心配な点もあります。それは最近のMC用ヘッドアンプやMC用イコライザーアンプの中にはノイズの多いものが結構多くて、その場合、空芯MCは果たして本領を発揮できるかどうか?です。フィデリックスのイコライザーアンプLEGGEROやMC用ヘッドアンプLIRICOの入力換算雑音電圧は-156dBVと十分ですが、最近になって巷で発売されたものは-140dBV付近のものが中心で、何と16dBも多いのです。ここではその理由について時代背景からも述べたいと思います。

多分、1960年代の後半あたりから、このようなNFマップというのがトランジスタのノイズデータとして発表されました。これを見れば、誰しもがノイズフィギュア(以下NF)の少ない所でノイズが少ないと思うでしょう。そういった書籍もいくつか有ったので、私も1968年までは間違った認識をしていました。

1969年にソニーでTA-1120Fの設計をしていた時に、ST-5000やST-5000Fのチューナーを設計していたN係長から正しいノイズ理論を教わりました。NFというのは信号源に必ず付随する抵抗ノイズに比べて、増幅後にどれだけ悪化するかを示したもので、ノイズの最小点ではないのです。高周波ではトランスやバランでインピーダンス変換を自由に行うのでNFは便利に使えます。

1974年頃、マークレビンソンからJC-1という超ローノイズのヘッドアンプが発売されました。日本では1976年に当社が-157dBVのLN-1を発売しました。続いて10社近くが超ローノイズのアンプを発売するに至りました。この頃の技術者たちは熱心に研究をして、同程度のものを発売しました。しかし、1982年にCDが出現してからアナログは衰退して行き、最近になって再びブームが到来したこともあって、各社からフォノイコライザーやヘッドアンプがにわかに発売されるに至りました。

しかし、その当時の技術を知っている設計者は少なくて、そもそも、ディスクリートで回路設計できる人も少なくなってきています。ただ、パワーアンプだと設計出来る人はまずまず居るのですが、超ローノイズのMC用ヘッドアンプやMC用イコライザーとなると極端に少なくなっています。そこで、正しいノイズ理論を先ずは説明いたします。

図の説明ですが、赤い線は信号源に含まれる熱雑音(Thermal noise)で、温度と抵抗がある限り発生します。kはポルツマン常数で1.38×10e-23で、Tは絶対温度の300K(ケルビン)で、Bはバンド幅(Hz)で、Rは横軸に記載されている抵抗値(Ω)で、アンプノイズが0の時の値でもあります。 先ずはカタログデータからローノイズオペアンプのLT-1028を例にします。左端の方で0.85nV(1kHz)の水平線が入力換算雑音電圧密度で1Hz当たりのノイズ電圧になります。右上の1pA (1kHz)は入力換算雑音電流密度で、信号源抵抗に流れることによって1Hz当たりのノイズ電圧に変わります。この3つのノイズを合成したのが、青い色のトータルノイズになり、これが赤い線のサーマルノイズから悪化した分をdBで表したのがNFです。 3種のノイズの2つの交点(45Ωと16kΩ付近)では約3dB悪化する滑らかな青い線のような曲線になり、LT1028の場合、NFの最少点は850Ωになります。しかし、NFの最小点よりも左側のノイズの少ない領域を使うことこそがMC用では重要なのです。

RIAAとノイズ測定用IHF-Aカーブを合せた等価雑音帯域幅は3480Hzになり、この平方根の59倍を入力換算雑音電圧密度に掛けると、イコライザーアンプの入力換算雑雑音電圧が得られます。この等価雑音帯域幅は私が実験(平均値)によって2600Hzと求め、ラジオ技術の1976年7月号に初めて発表したものです。その後に正確な理論値(実効値)としてコンピュータによって算出されたのがこの経緯です。ただし、これはあくまでもOPアンプ単体からのデータであって、動作をさせるための周辺回路が加わると、楕円の付近にまで上昇し、1pAの部分も上昇し、結局は-138dBVから-144dBV位に分布します。

出力電圧の低いカートリッジとしては、ジェルトーンのJT-R3(0.04mV)とオルトフォンのMC 2000(0.045mV)です。0.04mVは-88dBVなので-156dBVのLEGGIEROと組み合わせると、SN比は簡易計算で68dBになります。この値は、レコードを掛ける前に小さくサーとアンプノイズが聴こえ、針を乗せると盤のサーフェスノイズが加わり、次にマスターテープのヒスノイズが聴こえ、音楽がジャーンと始まる様子が分かるレベルです。これよりノイズが少なければ更なる高音質化も期待できます。カートリッジ実装でのSN比68dBは1991年頃にコンデンサーカートリッジを開発していた時の目標値でもありました。OPアンプを使った-140dBVでこの68dBのSN比にするには-72dBVの入力(0.25mV)が必要です。多くの空芯型はこれ以下なので十分ではない可能性があり、これこそが心配の理由です。

空芯型だと低音の力が弱く感じることがあるのは、RIAAカーブから分かるように録音時に低音はさらに小さくなっているからでしよう。ノイズが多いという事は、微小レベルが正しく増幅できない結果とも言えます。

鉄芯型のデノンDL-103は0.3mVなので使えることになります。実際にFIDELIXのLZ-12(1978年)、MCR-38 (1993年)、LEGGIERO (2014年)のMM入力は-140dBVなので、DL-103は普通に使えます。FIDELIXのMM入力のノイズレベルは、今、販売されている多くのMC用イコライザーや、MC用ヘッドアンプとほぼ同等のノイズレベルということになります。

昔だとSATINやFRやソニーやヤマハやハイフォニックミュージックアートが、空芯型MCにこだわっていました。しかし、SATINを除けば出力電圧は低くて、それでも1970年代後半頃だと使えるアンプは色々ありました。

ある書き込みで最近発売されたAT-ART9XA(0.2mV)とAT-ART9XI(0.5mv)の比較レポートで、前者はノイズが多いので後者が良いとありました。私は、より低出力のAT-ART7(0.12mV)を持っていて、中々良いカートリッジだと思っております。-140dBVクラスで0.1mVクラスのカートリッジだとノイズが多くてクレームが出るレベルだと思いますが、それはカートリッジのせいではなく、あくまでもイコライザーやヘッドアンプが能力不足なのです。こういった事情もあって、カートリッジメーカはどんどん出力電圧を上げる方向になってきています。

昔だと0.2mVは標準でしたが、今ではヘッドアンプのノイズが多いので0.5mV位は必要になってきているので、どうしても鉄芯型になってしまいます。なので空芯の音が好きな人には良い環境ではなくなっています。私に言わせれば音質に拘れない時代になってきているのかもしれません。

私はヴァイオリンやソプラノのバラード風なメロディが特に好きです。とりわけ優しいピアニッシモで清透な音が聴ければ、もう最高なので、静粛さはとても大切です。空芯MCだと幻想的でしなやかに空間を漂う響きさえも優雅に聴こえますが、鉄芯型MCだと硬質ではっきりと聴こえ過ぎる事が多いです。でも、別な音楽だと合うことは理解しています。

私は秋葉原の秋月電子などで、いつでも入手可能な部品を使って-160dBVのアンプを作ることができます。今だと面実装デバイスになります。正しいノイズ理論を知らなければ-150dBVを超える事はできません。しかし、OPアンプを使った-140dBVレベルの製品であっても、驚くほどの高値なのが現在です。1980年頃の技術者の方が熱意は上回っていたと言えるでしょう。ヘッドアンプはトランスよりもワイドレンジにでき、ローノイズにもできますが、-140dBVだと-150dBVよりも良くしやすいトランスに負けてしまいます。

もう一つの背景は音楽を車中で聴いたり、電車内でイヤホンで聴いたり、いろんなところで聴くので、音楽自体がフォルテ主体に変わってきていることもアンプのノイズが多くなった原因でしょう。こういった事情から、SN比を必要としない人が設計した製品も増えてきているのだと思います。

更にもう一つの理由は、バランス伝送が流行ってきていていることも関係しています。トランス入力の場合は、1次巻線にセンタータップを設けるだけなので、メリットはあってもデメリットはありません。しかし、アンプの場合は、バランス受けにすることでサーノイズは3dB悪化します。メリットは、妨害電波などの外来ノイズには強くなることですが、昔は自動車無線やバイクのイグニッションノイズあるいは外国のラジオが入ることなどありました。しかし、ここ30年程は外来ノイズで困った体験はありません。電波法の規制が効いているのだと思います。

図1はアンバランス受けで、図2はバランス受けで、アンプは同じとしての説明図です。図1の場合はカートリッジ出力が全てアンプに入ります。なのでアンブの等価雑音電圧との比がそのままSN比になります。一方、バランス受けは図2の様にカートリッジ出力は2個の抵抗の中心が接地されます。ここで注目すべきは、カートリッジ出力は半分ずつに分けられて2個のアンプへ入力される事です。でも、出力は再び加算されるので図1と同じ出力電圧になります。ノイズはn2とn3は直列的に加算されるので6dB悪化しそうですが、ノイズは同相にはならず、かといって逆相で打ち消される事にもならないので、統計的に無相関となって3dB増加して出力に現れます。90度のベクトル和とみなせるので45度の三角定規のように1.414倍の3dB増加する事実は回路技術者なら測定できるので、理解していると思います。でもこのことは伏せてバランス受けにすることによる外来ノイズがキャンセルされることの方をことさら強調した紛らわしいイメージキャンペーンだと思っております。

反論はあるでしょうが、これは科学の話なので議論ではなく実際にデータを出せはすぐに明らかになることです。また、バランスがそこまで優れた方式であるなら、MMカートリッジでも良くできる筈です。しかし、MMだと上手く出来ない理由は分かっていますが、バランス受けは必ずしも優れた方法ではないのです。

バランス入力は、当社がやっているギガ(G)Ω受けもできません。当社のMCR-38やLEGGIEROやLIRICOはギガ(G)Ω受けとローインピーダンス受けの選択ができるようになっていますが、90%以上の方がギガ(G)Ω受けで使っていらっしゃいます。でも、そんなハイインピーダンスにすれば、ノイズを拾いやすくなるのでは?と心配する人もいますが、カートリッジを接続すれば並列接続になってインピーダンスはグッと下がるので、全くそんな事はあり得ません。これも実験すれば明確に分かることです。(2023年2月9日)

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