AH-120K > 使用方法 > よくある質問 > ご購入者の声 > 関連リンク > 購入方法
技術情報一覧 < セリニティー電源でファンタム電源を作る
セリニティー電源でファンタム電源を作る 中川 伸

 ソニー製ICレコーダーのPCM-D50を購入し、何回か生録をしてみたら、期待以上に上手く録音できましたので、それなら本格的なファンタム電源のマイクロフォンで録ってみようと思い立ちました。付属のSuper Bit Mappingで16bitに変換するソフト(SonicStage Mastering Studio)もなかなかのスグレモノです。sonyからXLR-1という専用のファンタム電源アダプタが出てはいますが、トランスによるバランス・アンバランスの変換と、電源部はどう考えてもハードスイッチング電源としか思えないので、私はいささか不安です。音の入り口である重要なマイクの電源をスイッチングノイズで汚したくはなし、トランスの音もこれまた私の好みかどうか疑問です。
 私は某マイクロフォンメーカーから何機種かの内部回路の設計を依頼されたことや、花王からマイクアンプの設計も依頼された経験があるので、この際、自分用にこだわった設計をしてみようと思い立ち、作ってみることにしました。先ずは、スイッチング電源の波形(上はFET、下は6tの補助巻き線の電圧で、10:1のプローブ使用)と、回路図で、次が回路の動作説明です。
 右上は約10Vから48Vを作るセリニティー電源(serenity power supply)ですが、これは超ローノイズのスイッチング電源なので、この部分の説明から始めます。TC4049Bは6個のインバーターが入っていますが、そのうちのU1を使って192kHzサンプリング以上の220kHzの発振をさせています。この出力は方形波になり、インダクタの右端は方形波と同位相のサイン波で、インダクタの左端は逆位相のサイン波になるので、ちょうどインダクタはシーソーのような動作をしています。この出力パルスはHiの幅がLoの幅より少しだけ狭くなりますので、ダイオードと抵抗でもって微調整をし、U3とU4とゲート抵抗を通じて片方のFETを駆動します。
 もう一方のFETはU2で反転され、U5とU6とゲート抵抗を経由して駆動されます。2つのゲート抵抗の値が異なっているのは、U2を経由することによる時間遅れを修正する意図からです。これと同じ回路定数にするなら4049は東芝製が良いでしょう。以上で2つのFETは交互のオン・オフ動作をかなり正確にしますが、このように以外にも簡単な回路でセリニティー電源は実現できます。大きなパワー用なら、4049とFETの間にNPNとPNPのコンプリメンタリードライバーを挿入すれば500Wくらいは余裕で大丈夫でしょう。
 EE-10の結合インダクタは非常に大きなインダクタンスを持っていると先ずは見なします。するとこの1次側は交流的には定電流になっていると見なせます。EI-16のインダクタと560pのコンデンサで共振する循環電流はFETには流れませんので、FETに流れる電流はこの定電流が2つのFETへ交互に流れることになります。つまり、2つの方形波が流れて、合わさったものが一定電流になっているのです。2次側のダイオードも交互に流れ、合わさったものが一定電流になるという訳です。トランスもチョークも1次側の5倍だけ2次側を巻いているので、電圧は5倍で、電流は5分の1になって、チョーク側の直流磁束はほぼキャンセルされるので、コモンモードチョークと同じ動作になります。このため、コアにギャップは不要で、結果として大きなインダクタンスが得られ、定電流に近くなります。
 なお、片側のFETのドレイン・ソース間に入っている小さなコンデンサはインダクタンスや浮遊容量の補償をして、正確なZero Voltage Switchingをさせるために入っています。そのため場合によっては不要かも知れませんし、反対側に移動するかもしれません。2つのコンデンサは最終的に綺麗なサイン波になるように丁寧に合わせましょう。FETとダイオードの耐圧は入出力電圧のπ倍が必要で、余裕を見ると40Vと200V程度になります。FETは同等品でも、200kHzなら簡単に動くでしょうが、ダイオードはリカバリタイムが35nS以下のものでないと波形が乱れます。チョーク(EI-12.5でも可)もトランスもターン数の大きい2次側をφ0.18で先に巻き、1次側をφ0.35でその上に巻くのが良いでしょう。いわゆるガラ巻きでも構いません。
 このスイッチング電源は正確なZero Voltage Switchingを行いながら、全期間で電圧共振をするサイン波動作で、電流は2つの方形波が合わさって、直流に近くなるので、スイッチングノイズが非常に少なくなると同時に、出力インピーダンスのうちのインダクタ成分もキャンセルされ少なくなるので、過度応答は非常に素直です。入力電圧に巻き線比を掛けた定電圧特性を持っていて、出力インピーダンスも非常に低いです。大きなピーク電流時でもチョークやトランスにエネルギを溜める方式ではないのでコアは飽和しません。以上からしてオーディオ用としては理論的に究極のものです。しかしその代償として、時比率制御をすることで、電圧を安定化することはできません。パワーアンプなどではシビアな一定電圧を要求しないことが多いのでこのまま使えますが、ファンタム規格そのものは結構シビアです。そこで、今回はリニアのドロッパーと組み合わせています。
 その部分が回路図の左上です。基準電圧はFETの定電流特性を利用し、それを抵抗に流すことで定電圧にしています。ツエナーダイオードやバンドギャップレファレンスに比べ、遥かに少ないノイズになるからです。さらにコンデンサでノイズ成分をいっそう下げています。この回路は温度係数0のポイントを見つけるのが面倒なので、1978年に当社で発売したLZ-12のプリアンプが世界で最初だと思います。この基準電圧はNPNの差動増幅器に入りますが、共通エミッターはほぼ一定電圧になるので、抵抗でも定電流になります。コレクターはPNPのカレントミラーを通じてプッシュプル的な動作でもって、制御トランジスタを定電流駆動します。直流成分は48V出力から帰還を掛けますが、高域成分は10Vのところから掛けるのでマルチ・フィードバックになって非常に安定です。ループゲインは大きすぎないので、位相補償が無くても発振することはありません。
 LEDは18Vと10Vの間に入っているので14Vくらいに下がると暗くなります。流れる電流はセリニティー電源側で有効利用されるので、無駄にはなりません。回路図で右下はアンプ部でバランス入力をアンバランスに変換します。この回路はやや分かりにくいかも知れませんが、実はNchFETとPchFETが直列の差動アンプになっています。2番入力のみの場合と、3番入力のみの動作を別々に考えると分かりやすいです。本器を単にファンタム電源として使用する場合には、このアンプ回路が負荷にならないようハイ・インピーダンスの設計にしています。また、マイク4本を使い、等量でミックスするフィリップス方式のマイクセッティングの場合は、1台を右に使い、本器の2出力を並列に使えば、電流合成なので喧嘩しないミックス回路になります。
 これを基本にタカチ電機のUS-100Kに組み込み、音質的な追い込みをしてゆきますが、回路が大きく変わることは殆どないと思います。なお、オーディオ用に優れたデバイス、特にJFETがだんだんなくなってきています。この電源回路は東京都外国特許出願費用助成事業に選ばれ、米国特許は7272019として成立しています。個人で作るには何ら問題ありませんが、販売するには許諾が必要でしょう。本器はカセットデッキのTC-D5Mなど、他の機器にも利用できますし、セリニティー電源はこのように以外に簡単に作れ、オーディオには最適で、最先端なので作ってみても楽しいでしょう。

Copyright FIDELIX  フィデリックス  info@fidelix.jp