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音質と特性と部品の関係 中川 伸

 1960年頃に、エロイカ電子工業からオールマイティー55(真空管プリメインアンプ)や、フェニックス70(真空管パワーアンプ)が発売され、その解説記事がラジオ技術誌から設計者の上杉佳郎氏によって発表されました。その中で、使用抵抗は東洋電具(現ローム)の**型を使用、と一言が書かれていました。このことから、私はきっと抵抗によって音が変わり、それで選んだものと思いました。この頃、自分でも真空管アンプを作っていたのでNFB抵抗をソリッド抵抗とカーボン抵抗の比較をしました。何度やっても確かに音が違い、ソリッド抵抗はザラザラしていました。ですから1963年には抵抗によって音が違うことを私ははっきり認識していたことになります。
 1969年のソニー時代に私はTA-1120F(1969年10月発売148,000円)の設計に携わり、この時、日本高周波や進工業の角型金属皮膜抵抗を使ってみて、音の結果が良かったので、日本高周波製をTA-1120Fに採用してもらうようがんばりました。金属皮膜抵抗はカーボン抵抗と比較すると10倍ほど高価なので、日本の民生機器では初めての採用だったと思います。音の違いをHP社の歪率計333Aなどでデータとして出そうと、さんざんトライしたのですが出せませんでした。この頃、ソニーはサテン音響と関係があり、社長の塚本謙吉氏は音の違いは微小レベルのノンリニアにあり、そのためサテンは鉄もゴムも使用していないと主張していました。私は直感的にも、経験的にもそのことが全く正しいと信じ、微小レベルを調べる測定器を探しました。そうしたらNF回路設計ブロック社や米国のPAR社からロックインアンプというノイズの下を観測する測定器が存在することが分かり、これを買ってほしいと会社に提案しました。そしたら「借りてみて上手く計れるなら買おう!」ということになり、NF回路設計ブロックから借りて計ってみました。しかし、上手く計れたような、計れなかったようなあいまいな結果だったので、結局のところ買うことにはなりませんでした。
 1974年のスタックス時代にデンマークのラジオメーター社のCLT-1を見つけ、これを使うと-160dBまでの部品の歪を計ることができます。これは部品の信頼性を調べる目的で作られた機械ですが、音質の研究用に使えそうに思ったので、先ずは借りて調べました。そうしたら抵抗やコンデンサーの音の優劣とかなり深い関係がありそうなデータが出ました。この結果は1975年のラジオ技術誌にSRA-10Sの紹介記事中で発表しましたので、ここに2ページ分だけを掲載いたします。なお、スタックスはCLT-1を導入しました。
 CLT-1の説明書の中に、巻線抵抗は非常に良いけれど、巻くことによるストレスが加わるので、それがないバルクメタル抵抗が最も良いと書かれていました。これがVISHAY(ビシェイ)の特殊な抵抗だと調べあげ、米国から取り寄せて音を聴いてみました。1974年当時で5000円ほどと極めて高価だったので、日本では私が最初にVISHAYの音を聴いたと思いますが、もしかすると、世界初だったかも知れません。
 私が原音比較で良いと思ったのは、当時のものでVISHAY多摩電気工業(現在はKOAの子会社)のニクロム系金属皮膜抵抗とシンコー(現在はありません)の非磁性タンタル系金属皮膜抵抗だと結論付けていました。電流雑音や温度係数や磁性の有無が音質に関係するのです。コンデンサーはスチロールが最も良く、マイカも優秀ですが、ポリプロピレンやポリカーボネートも良かったです。誘電正接や誘電体吸収や磁性の有無や機械的強度がやはり音質に関係するのです。
 フィデリックスのプリアンプLZ-12(MC)のカップリングコンデンサーには富士通のスチロールコンデンサーで0.51μFと0.1μFを並列にしたものが使われています。原音比較をしたところ米国から取り寄せた軍用のテフロンコンデンサーよりも忠実だったからです。
 なお、ラジオ技術誌に発表したら、すぐに東芝(AUREX)からCLT-1の輸入元の真興交易(現ダンシステム)に連絡があったそうです。真興交易はオーディオメーカーや部品メーカーにこれは売れそうだと思い、積極的な営業を始めたので数百台も売れたと喜んでいました。
 ようするに微小信号になるにつれリニアになるという単純な非線形理論ではなく、微小信号では新たな問題も出てくるのです。微小信号がギザギザになるバルクハウゼン効果は知っている人もいると思いますが、MMカートリッジの針を抜いて、磁石を近づけたり、遠ざけたりすると、量子化ノイズに似たザーザー音を聴くことができます。誘電体にも同様の現象があり、接触抵抗も微小電流では大きくなって非直線性がでるので、そのため微小電流用のリレーやスイッチがあるほどです。
 フィデリックスではシンコーの非磁性タンタル皮膜抵抗とスチロールやポリプロピレンやポリカーボネートのコンデンサーを使うようにして、LN-1、LN-2、LZ-12(MC)、LB-4(a)、LX-8、SH-20Kの製品化を行いました。でも現在はこういった部品の多くは残念ながらもう製造されていませんので、ストック分だけとなってしまいました。
 1978年頃、ラジオ技術社へ微小レベルと部品の重要性を私が力説しましたが、編集のI氏はあまりピンとはこなかったようなので、LZ-12の特性を変えずにあえて音の悪いものを作ってみようかと提案したら、それは面白い記事になりそうだと乗り気でした。実際にも作ったのですが、日数が掛かったのでなんとなく記事の話は流れてしまいました。抵抗はカーボン抵抗に、コンデンサーは電解かセラミックコンデンサーに、ボリュームは普通のものに交換してゆきます。最初は確かに悪くなってゆくのがよく分かるのですが、途中からは段々に反応しなくなってゆき、最後はもうどうでもよいBGM調の音になるので、非常に面白い経験をしました。
 さて、部品メーカーではオーディオ用の電解コンデンサーが売られていますが、何が違うのかを、専門の担当者に聞きました。そうしたら特性を計ってもあまり分からないが、顕微鏡で見ると結晶がきちっとしているので、電子が流れ易い構造になっているとの回答でした。チップ型オーディオ抵抗のメーカーにも質問をしましたら、やはり、構造や材料を色々変えてヒアリングテストをしているとのことでした。繊細な音の抵抗とか、エネルギー感のある抵抗とかのコメントは共通したものが得られるが、どれを採用するかの判断はメーカーによって異なるとも言っていました。
 最近はいわゆるシンセサイザーのぶち込み音や、ノイズの多いハードスイッチング電源や、圧縮サウンドなど音響環境が良くないので、各社は原音比較で忠実さを追求するよりも、悪い環境であっても悪い音を出さないような音つくりを各社なりにしているように私は思います。ですからメーカーによって判断が異なるのは当然でしょう。
 さて、私の結論としては、測定は計り易いフォルテ側で行うので、月の表側を観測するようなものです。ピアニッシモ側、つまり月の裏側は当社にある歪計でパナソニックのVP-7722AやYHPの4333Aやサウンドテクノロジーの1700Aなどでもなかなか測定できないことが色々あります。ピアニッシモ側は部品の構造が支配的なのですが、回路にも勿論ノウハウがたくさんあります。
 オーディオでは良いことをするよりも、ネックになっていることを見つけて改善する方がずっと効果的です。いわゆるボトルの細い部分が流れのネックになるという概念です。出力リレーは最初まあまあでも年数が経つと音はかなり劣化してきますから、ボトルネックになりやすいのです。私はDA-300(マークレビンソンも使いML-2Lに影響を与えたと言われています)、LB-4(a)、CERENATEのいずれもポップノイズは出ない設計にして、出力リレーは排除しています。他にも接点を少なくする努力など、ネックになり得やすい部分にこそ気を配っています。ちなみに音質的に満足できる世界一ローノイズであるセリニティー(serenity)スイッチング電源の開発に5年がかかりました。音質的に満足できるデジタルアンプの開発にはそれ以上がかかると思っております。
 なお、当社がストックしている高音質部品にも限りがありますので、フィデリックス製品に感心のある方は、お早めのご検討をお願いいたします。

        
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